
「自分が自分じゃない、という感覚がすごく苦しいということを、わたしは知っている」
インタビュアー :江尻裕一(Yuichi Ejiri)
ライター :江島悠子(Yuko Ejima)
自然を敬い、山で得た知恵を人々に伝えるーー
過酷な修行の中で精神を高めるという山伏たちは、歴史や物語の中だけの存在ではない。だが、目の前にいるやわらかな笑顔の女性、原美香(はら・みか)さんが、山伏であると聞いて、驚かない人間はそういないだろう。山伏とは何なのか、なぜ山伏になったのか、原さんに話を訊いた。
前編では、原さんがコンサルティング会社を離職、「人生の絶望期」から山伏の修行で新たな価値観を発見するまでを語っていただいた。現在はコーチと山伏という、一見まったく異なるふたつの活動をしている原さん。
両者はどのように関わり合うのだろうか?
「自分の中の自然」思い出すきっかけに
コーチングとは、クライアントが目標を達成することを「支援」する仕事。
対話や質問といったコミュニケーションを通して、相手の中から「気づき」や「アイデア」、「新たな視点」などを引き出し、自発的な行動につなげる人材開発技法だ。
現在東京でコーチングのプロとして活動している原さんにとって、コーチングと山伏行はとても似ているものなのだという。
「わたしが考えるコーチングとは、その人の中の〝自然〟を引き出す関わりです」
ティーチングという「クライアントに何かを教えて(プラスして)目標に近づける」方法に対して、コーチングは「クライアントの中にあるものを引き出して目標に近づける」方法であるといわれる。
これはまさに原さんが山伏行の中で「何かを足さなくても自分の中にある」と感じた感覚につながっているのではないか。
「コーチングのクライアントさんと接していて感じることは、人間には、自分の中の何かを思い出すことで今の視点を切替え、未来に向けた具体的な行動を起こすという自然の働きがあるということです。
思い出すことは、問いを立てて自分の中を探すことで見つかることもあれば、何か脈絡のないタイミングでポロッと出てくることもあります。ただ、その人の人生の大きな変化を起こす重要なことほど、なかなか思い出せないもの。部屋の中と同じで、長い間しまいこんだものは、しまった場所どころかその存在自体も忘れ去っていて、思い出すにはそれなりの動機、きっかけが必要になるのです」
人の中の「自然」や「忘れている大切なこと」。
それらを引き出すもの、思い出すためのきっかけになるもののひとつが山であり、コーチングであるのだと原さんは語る。
「きっかけがコーチングであっても、山伏の行(ぎょう)に入ることであっても、それ以外でも、わたしは何でもいいと思っています。大切なことは、その人がそのとき受け入れられて、動機を維持できるだけの適切な関わりであることだけです」
知識やスキルなど「外から取り込む」ことに一生懸命になりがちなわたしたち現代人に、「答えはあなたの中にある」と思い出させてくれるもの、「自分の手で見つけ出す」手助けをしてくれるものーーコーチングという仕事は、「山」が原さんに果たしたのと同じ役割を「里」の中で担うものだといえるのかもしれない。