◆重信香織さん◆「頭で考えて生きていくとわたしは止まる」自然と波に乗る海賊は、スピーチの魔術師(前編)

「自分の居場所を見つけた人は、勝手にそこで輝く」

重信香織(しげのぶ・かおり)さん
小学生の教師になることを目指し、ひたすらその夢を追い求めていたはずが、気づいたらNHKのキャスターに! 結婚後は子育てに専念し、いままた専業主婦を卒業して、スピーチコンサルタントとして本格的に活動を始めた重信香織(しげのぶ・かおり)さん。自分のことばを話すキャスターという立場から、人の想いを引き出すこと、ことばを伝えることをサポートする、スピーチコンサルタントとしての「想い」まで、存分に語っていただいた。

キャスターになろうと思ったことは、人生の中で一回もないんです。ただの一度もない」と語りはじめた重信さん。この第一声で興味の糸を手繰り寄せられるように、思わず身を乗り出してしまった。

 

「わたしは小学校の先生になりたかったんです。それはもう小学生の頃からの夢で、教育学部の音楽科で、4年間学んでいました。本当はいまごろ小学校の先生になっているはずでした」

 

それが、なぜキャスターになったのか?

 

大学3年で訪れた二つの転機

 

「大学3年の時に転機になる出来事が二つありました。
一つは国立の付属小学校へ教育実習に行ったとき、いわゆる型にはめる教育を5週間ガチガチに目の当たりにして、〝このまま先生になったら、ちょっと心が折れるな〟と思って、初めて教師に対して疑問符がつきました。
同じタイミングで、地元鹿児島で大きな水害が起きました。のちに8.6水害と呼ばれ、50名ぐらいの方が亡くなった災害です。当時は携帯電話もなく、大学から帰れなくなって、母に連絡する手段がありませんでした。自分の安否を伝えらず、町中がすごく不安な空気の中、地元のマスコミが安否情報を始めたんです」

 

災害の渦中にいたことに加えて、テレビ局が電波を通じて安否を知らせている、その放送をつぶさに観て、マスコミの力を体験することとなった。

 

「〝ああ、マスコミってすごいな〟すごく人の役に立って、なんて影響力のある仕事なんだろうと。そのときに、教育番組を作りたいと思ったんです」

 

重信さんの中で、このとき教育とマスコミが結びついた。奇しくも教育実習で感じていた疑問と同時期に起きたことだった。

 

いま思えば、運命的だったなと思います。そこからなかなか大学にも親にも〝先生になるのはやめる〟と言えなくて、大学4年の4月にようやく〝ちょっと夢が変わった〟と話したんです。反対もされましたが、最終的には応援してくれました。
ディレクター試験は、勉強もしていなかったし、結果は当然ながら全滅。その後、教育系の出版社に内定が決まったので〝番組じゃないけど、出版を通して教育に関われるな〟と思っていました」

 

そんな矢先、「NHKがキャスターを募集しているらしい」という情報が出まわった。大学4年の1月、卒業の2か月前のことだった。

 

「アナウンサーを目指したことも、勉強したこともなかったのですが、何か教育を語りたいなと思って、受けに行ったんです。
1月のキャスター試験といえば、その年のラストチャンスで受験者も多くて。だからもうバリバリのアナウンサーっぽい人がたくさんいる中、わたし一人だけ、化粧もうまくできない田舎の小娘みたいな感じでした」

 

そして、見事合格。周囲はみなアナウンサーやキャスターを目指している強者ばかりという中、高倍率の狭き門をくぐり抜け、NHK鹿児島放送局へ入局した。

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