人生は旅のようなものだと例えられる。
人生と旅にまつわる名言集にも
・世界とは1冊の本であり、旅に出ない者は本の中の1ページしか読んでいない(アウグスティヌス)
・人が旅するのは、到着するためではなく、旅するためである(ゲーテ)
なんてステキな言葉が並んでいる。
前回のブログにも「旅するように生きていきたい」と書き綴ったが、なぜ自分は旅に惹かれるのだろう? 「人とのかかわり」といった視点で今回は書いてみようと思う。

転勤族の子ども

旅が好きになった理由は?
と聞かれて、思いつくこと。それは、子どもの頃の生い立ちの影響もあると思う。大学生になって「実家(故郷)はどこ?」という会話にすごく違和感を覚えたからだ。
この問いに普通に答えるなら、「生まれたのは長野だよ。でも、今は東京に実家がある」が正解。でも、生まれ故郷の長野に対する思い入れはほとんどない。生まれて半年ほどしか住んでいないので、故郷について語れるものがないのだ。
その後も、転勤族だった父の影響で、長野で生まれてから大学生になるまで、愛知→シンガポール→神奈川→東京→香港→千葉→東京と引っ越しを繰り返してきた。社会人になった後も、東京(一人暮らし)→イギリス→東京→(2年ほど家無し状態で途上国と東京を行ったり来たり)→(東京・プノンペン・ダッカの三拠点生活)と、自分の意志でフラフラ。
社会人になった頃にはすでに旅好きになっていたので、幼少期に焦点を絞って思い返してみる。
シンガポールには、2才くらいから小学校に上がる直前まで生活していた。小学校に入学した後の一番の思い出は「言葉(日本語)が分からない」だ。でも、日本に戻って生活するうちに友達もできて、2年生になるころには新しい環境に溶け込んで、あまりシンガポール時代を思い出すこともなくなっていた。
ようやくアイデンティティが固まったかな?という小学校3年生の終わりころ。突然、神奈川から東京に引っ越す。仲良くなった友達とも別れ、今みたいにSNSも無い時代。次の場所でのまっさらな生活が始まる。
 
でも、新しい土地での生活も長くは続かなかった()
中学校に入り1年生が終わろうとしている頃、再び、父親に転勤フラグが立つ。正直、前回の小学校の時の転校よりもつらかった。普通に思春期の男の子。好きな子もいたし、美術部の部活も楽しかった。でも、家族が香港に移る中で、日本に残りたいという自分の希望なんて通るわけがない。。。
強制的に香港に移動。
そんな後ろ向きな感じで赴いた香港ではあったけど、予想外に楽しかった。親の転勤でやってきては去っていく子どもたちが多い環境。転校生も珍しくない。それに、ある意味、中学生になって自我というか、周りの世界を認識し始めた年ごろに、日本とは違う海外の環境での生活はとても新鮮だった。

友だちの中での自分の立ち位置

父親の転勤に引っ張られるかたちで、いろんな環境に身を置いてみて分かったことがある。自覚し始めたのは小学校の半ばに経験した転校の時だ。小学校1年~3で過ごした友だちの中での“自分”と、転入した小学校4年生以降の環境での“自分”の立ち位置が微妙に違うな、と感じた。
同じ“自分”なのに、転校前と転校後の環境では、まわりの友達の中が私に対して思っている個性・キャラクターのイメージが異なっていることに気づいた。
 
なぜ違うのだろう?
 
確かに、友だちは新しく変わった。でも、”自分自身”のふるまいも以前の環境とは少し違ってるな、となんとなく気づいた
 
いちいち自分が置かれた環境に合わせて、本来の自分とは異なるキャラクターを演じるなんて面倒くさすぎる!
当時は、ここまで整理していたわけでもないだろうけど、中学2年で香港に移った時、「変な自分を演じるのはやめて、素直に自分自身のままでいこう!」と変わったのだと思う。
この生き方は、あちこちをフラフラする時に、とても便利だと感じる。だって、どこに行ったとしても、「私」自身は変わらないし、自分がもっとも楽なスタイルで周りに接することができるのだから。
だから、たぶん今の自分を知っている人には、私がどんなコミュニティの中にいても、いつもの脇坂がそこにいると感じるだろう。私について言えば、環境が変わったからと言って、自分の中に違う側面をみつけるような楽しさは少ないかもしれないw

周りの人たちとの関わり

転々とした生活を送ってきたことや、今ほどSNSで人とのつながりが容易でもなかったとあって、「仲がとてもよかったけど、会うことがなくなってしまった人たち」は大勢いる。
なんか薄情な気もするけど、今、どうしても会いたいとも思わない。子どもの頃、あの時に仲のよかった友だち。そういった記憶の中にだけ、彼らはいるのかな、と思う。
もちろんありとあらゆる人たちとの関係を断って生きているわけではない。今でも会う古くからの友だちもいる。でも、昔の友だちだから居心地がいいわけではなくて、「今の自分」と相性がよいから一緒にいたいと思うのだ。
まぁ、ストレートに自分自身をだすと、人とぶつかることも多いし、正直、友だちは少ない。でも、友だちとか仲間と言える人たちは、ほんとうに好きだし大切だ。そして、この先も新たにそんな人たちに出会っていきたい。
特定のコミュニティ(故郷)を持つのではなく、新しい出会いを求めてフラフラ旅をしたいと願う自分自身のコアの部分はこんな感じでできてきたのかな、と思う。

旅と人生

「旅をするように生きていきたい」と私が思うのは、「同じ場所」にとどまり続けることよりも、新しい人と出会い、その中で新しい価値観や考え方に触れていく楽しさに今も惹かれているのだと思う。仲間と呼べるような人との出会いは自分自身も変えてゆく。人との出会いがあるから人生はおもしろいんだ。それに、旅に出たとしても、今の世の中、もう二度と会えないということは少ない。そう思えば、旅に出やすくなったんじゃないかな。
さぁ、旅にでよう!
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