冨士さんは、研究所ではどんな先生なのだろう?

 

学校が好き。教えるのが好きです。でも、研究しているのか飲み会やっているのかよくわからないんですよね〜。
オランダ人のタイスという現在 D3(博士3年)の男の子がいるんですが、彼はM2(修士2年)のときに僕の研究室に彷徨って入ってきました。これがものすごくかわいくて。毎週金曜日にどんちゃん騒ぎをしすぎて、校内全員に届くメーリングリストに〝すみません、飲みすぎてメガネなくしました、心当たりはありませんか?〝とか、ありとあらゆるものを毎週なくすので有名人になって、僕が校内で有名なパーティ男みたいな立場なんですが、〝おまえのところにもっとヤバイ奴が来たな〟というふうに見られていて、それこそ僕も彼に対してゲラーさんみたいに、〝どうするの? ドクターに行くの? 行かないの?〟と訊くと〝どうなんですかね?〟なんて返してくるんですよね。
つい最近タイスが国際学会で発表したんですが、発表前になると突然しゅんとして〝何もできません〟とやってくれない。さすがに前日までそういう状態だと〝おまえどういう面倒の見方をしているんだ?〟ってことになるでしょ? もう会場に行きたくないわけですよ。
そしたらいきなり完璧なんです。完璧すぎて僕、本人に〝感動した〟って言いました。そしたらケロッとして〝僕の作戦ですよ。期待値をどんどん落としたら何でもよく見えるんです〟って。土壇場ではできるんですよね。でも〝その力をもうちょっと均等にやれ〟って言えないんです。僕も土壇場でばっかりやっているから」

 

研究者たるもの錬金術も磨くべし?

やりたいことをやるためには、研究費を捻出する――これも研究者が持つべき技の一つだ。お金の取り方を知るためには「手の内」を知るに限る。

 

「政治的なところにも顔を出そうと、研究所の将来について〝どんな人を新たに採るのか〟〝どんな分野を重点的にやるのか〟などを決めるコミュニティに立候補しました。そういう会議は、それは辛い。帰りたくて仕方がないです。あれはイライラします。
でも〝こういうものの言い方をして上手いこと取ってくるんだな〟ということがわかって、学びにはなるけどめんどくさい。ちょびちょび小さなお金は取れるようになってきたから、まあよしとします」

 

出たくもない会議にも足を運ぶ冨士さん、ちょっと意外な気がしたが、そこは真っ当な研究者。いま研究者として何が楽しいのだろう?

 

「プロジェクトを書いている時です。10年を見越した研究を考えるわけです。どんなふうにどんな人とコラボをしていくのかと考えながらプロジェクトを書いている時はめちゃくちゃ楽しいです。
問題は終わらせないことです。おもしろいから始めますが、〝こうなるな〟というディレクションが見えた瞬間に興味が薄れてしまう。だから最初はマスターやドクターと一緒に始めて、最後は外から俯瞰する。学生もプロジェクトも、育っていくのを見るのは楽しいけど、やはりずっと突き詰めるのが苦手。本当に悪い癖です。それこそ作曲もフォルダに死ぬほどありますよ。外的な圧力(締め切り)がないと完成までいかないんです」

 

完成するのが嫌と言う冨士さん。作曲と学問はある意味「最終章」をつけなければならないのではないだろうか。改めて、なぜこの二つだったのだろう?

 

「本当にたまたまですよね。たまたまファゴットなんです。それもオーケストラで席が空いていたから。別に他の楽器でも他の学問でもよかったのかもしれない。
でも、楽器と地震学はツールとして武器になっている。自分のやりたいことにエネルギーを費やせるので、この2つはずっとやりたいです」

 

では、なぜパリなのか? フランスは冨士さんにとって優しい国なのだろうか?

 

「それは楽ですよ。この前も7月、8月と地震研に呼ばれて日本に行きましたが、最初の2、3週間は結構きつかった。〝廊下で笑い声が聞こえたから富士君だと思ったよ〟とか言われるんですが、街中では何か違和感はあった。〝ここまでやっちゃダメなのかな?〟みたいな見えないリミットを感じて
日本の地球物理の人は僕を見たら〝ヤバイ奴が来た〟とか言いますから。フランス人には〝あ、フランス人だ〟とか言われるし」

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