話を伺ってはじめの10分ほどで、研究者のイメージががらりと変わる。なんて〝やりたいこと〟を謳歌している人なのだろうと。でも、なぜ地震学者になろうと思ったのか?

 

大師匠との出会い

「〝文系よりは食いっぱぐれがないよな〟と思って物理を選んだのですが、2年間ずっとオケをやっていたか飲み屋にいたのかのどっちかで、とにかく勉強しなかったので点数が悪い。物理は無理だなと思って、隣を見たら〝地球物理〟とあったんです。
カリキュラムを見たらかなりの確率で隣の物理学科と同じ授業を受けさせてもらえるし、〝よくわからないけど楽しそうだな〟と思って決めました」

 

場当たり的なのか、興味関心の赴くまま突き進んでいっているのか、悩ましいところだが、無事(?)地球物理へと進んだ。卒業研究では具現化された研究におもしろさを感じて、また一方で〝就職はまだできないな〟と思って、修士まで進む。そこで恩師との運命の出会いが待っていた。

 

「大学院の入試で、〝地球物理は楽しい〟と幼稚園の作文みたいなものを提出してしまったんです。教員が30人ずらっと並んでいる教員面接では、こんな学生相手に、もう皆イライラ。そこに〝地震学、興味ある?〟と後の大師匠のロバート・ゲラー先生が言ったのですが、あんまりにも訛っていて聞き取れずに〝はあ? もう1回言ってもらっていいですか?〟なんてやっているうちに爆笑してしまって、周りも〝それは言っちゃいけないのに!〟みたいな雰囲気で笑っていて。
そしたら翌日〝僕の教室に来てください〟と直でメールが来て、〝君はガッツがあると思うんだ〟と言うんです。僕は単位が足りなくて4年で卒業できるかわからないと伝えたら〝それはおまえが何とかしろ。それも一つの技術だ〟と言われて、そこからもうありとあらゆる手を使って単位を取って、何とか卒業しました」

 

それから「院生は24時間、365日やれ」をお題目に掲げられ、研究はおもしろくどんどんはまって、ドクターへの道へ。しかも学術振興会が支援する特別研究員の制度まである。給料をもらいながら研究ができるわけだ。しかし、結果は不採用。

 

「さすがにちょっと我にかえろうと就活し始めたのを見て、ゲラーさんが突然〝おまえは研究に向いていると思う。金に困っているんだったら何とかするから〟と言って、僕もつい〝ああ、そうですか〟と答えて、ダラダラ居ついてドクターを3年間やりました。
海外の学会に行っていろんな人と友達になるのはすごく楽しいし、台湾に行ったり、ポルトガルに行ったり、同時に演奏旅行の企画もやっていて……だからそのままなんですよね。今とあまり変わらないことをずっとやっています

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