初めまして。わっきーです。
海賊ライフとの関わりは「海賊図鑑」でご紹介いただいたのが縁です。そのあともちらちらと横目で(?)海賊ライフの活動、楽しそうだな~と見ていたのですが、もっともっと海賊を増やしていきたいな、ということで海賊ライフのクルーに参加しました。
夢は世界平和。ちゃんと努力した人が自分の人生を自分の意思で選べる世界が作りたい。そして、海賊が増えれば、世界はもっとよい場所になるハズ!
では、初コラム。
人生初のヤバい大人との出会い」
誰かに期待される、のはうれしいことだ。逆に、誰にも期待されなくなったら悲しい。
でも、常に誰かの期待に応え続けなきゃ、というプレッシャーは心を蝕むこともあるのだと思う。
最近の一番の衝撃だった同僚の話。同僚は、子どもの頃から両親に「勉強しなさい」と言われたことがなかった。両親が勉強することを強制しなかったから、すっごく純粋に学問を学ぶことが楽しいと思えるようになれたのだ、と。この話を聞いて、その人の両親、スゴイなー、と。そこまで子供の自主性を尊重できる親もいるんだな、と。
その結果として、同僚は、中学の中間試験で、周りが試験のために勉強をしていることを知り、衝撃だったのだと。試験のために勉強するなんてことを考えたことがなかった、って考え方があるんだというのが自分にとってすっごく新鮮。
(詳細はこちらのブログを:http://utogo.jp/?p=1964
ちなみに、自分は両親から「勉強しなさい」とよく言われていた笑 そして普通に小学生の頃からテストのための勉強をするのが習慣になっていた。
まぁ、両親が自分にそう言いたくなる気持ちも普通にわかる。小学校低学年のころ、学校の勉強ができなくて、「よくできる」、「ふつう」、「がんばりましょう」の3段階評価の中、ほぼ一列に「がんばりましょう」の通知表をもらって帰ってくる子供だったから。こんな成績の悪い子を持ったら、両親は言いたくなるだろう。「勉強しなさい」と笑
そう。私たちは子どもの頃から、こんな感じでまずは両親の期待に応えることを躾けられてきたのだと思う。これは何か特殊なことではなく、ごくごく一般的な教育のようなものとして。両親に始まり、学校、会社、など人生のあらゆる場所で、誰かの「期待に応える」ことが求められているのだと思う。
そして、自分もそうなっていたかも知れないのだけど、この誰かの「期待に応えなきゃ」という強迫観念(?)みたいなものに自分は従うのをやめたんだ。ずいぶん昔に。
今日はそんなお話です。
中学生になった頃に、大きな転機がおとずれた。
思春期ですねw
両親のことも、小学生のころのような絶対的な存在ではなくなり、もう少し客観的に落ち着いて見られるようになったりする時期。両親だけでなく、学校の先生も。なんで学校の先生は、先生をしているのだろう? 生徒に教えたいのではなくて、教師という仕事をしないと生活できないからかな、とか。
周りの大人たちが、なんとなくつまらないというか、大したことないな、と思えてくる時期。意外と(中学生の)自分と大して変わらないじゃんw、と。
そしてふと芽生えた疑問。「この大人たちの期待に応えることにどれだけ意味があるのかな?」と。
ちなみに、別に両親のことが嫌いだったりとかそんなことはないですよ。おそらく世間一般のレベルで普通に好きです。中学生のころも今もw
そして、自分の人生のなかで大きな大きなターニングポイントが訪れた。
人生初のヤバイ大人との出会い。その人も今から思えばゴリゴリの海賊だったんだ笑
重量オーバー気味の柔道体型で、長髪オールバックの目つきの悪い30代半ば過ぎくらいの男性。
そんな人がなぜか塾の英語の先生だったw
その先生の見た目がやばそうなのは分かる。
けど、自分だって冷めきっている。周囲の世界に。自分も絶賛反抗期の中学生なのだw
ちょうどその頃には、さりげに勉強の成績はよくなっていた。点数の取り方的なものが分かってきたんだと思う。
英語の先生との進路相談的なものだったか、単なる雑談か。自分の進路の話をしている時に、自分は別に勉強をしたい訳じゃない。高校受験があるから、みんな受験するから、仕方なく勉強なんてしてるんだよ、的なことを言ったのだと思う。先生に。
そしたら、まぁ、思っていなかった反応がきた笑
「わきさか、てめー、ふざけろよ。おまえ何ぬかしてんの?親が期待してるとかどうだとか、勉強しなきゃいけない、とか関係ねーだろ?お前の人生、てめーはどうしたいんだ?なんの努力もしたことない奴が、生意気な口きいてんじゃねーぞ。おまえがやりたいことがあるなら、それがどんなにカッコ悪くても、それこそ死に物狂いにでもいいからやりきってみせろや。」的なことを一度でなく何度も言われ続けた。
文字にするとだいぶ言葉汚いなーと思うけど、まぁ、想像の通りというか、それを上回る汚さです。本物はw
でも、ありがたいことに、サボりぐせがあってすぐに手を抜く自分に何度も言って聞かせてくれた。
親とか社会の期待とか関係なく、中学生であっても一人の人として接してくれたのだと思う。ちゃんと自分の人生どう生きていきたいのか、考えろよ、と。
で、ちょっとづつ分かってきたんだよね。
あ、誰かの期待とか関係ないな、それよりも自分が何をしたいのだろう? ってことの方が大事なんだろうな、と。
もちろん誰かの期待に応えたいという気持ちは今でも残っている。
でも、自分が「誰の期待」に応えるかは選ぶことにしたんだ。
その人の期待に応えたいと自分が思えるからこそ全力で頑張るのだと。
誰であれ期待されたら頑張らなきゃいけない、という呪縛から、中学の時にであった人生初のヤバイ大人、海賊な先生との出会いのおかげで、その後の人生、今まで楽しく生きることができているのだと思う。
出会えてよかった。ほんとにとても感謝してます。

 

 

 

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