現在の事業のメインは広告企画とコワーキングスペースNEKTONの運営である。フリーペーパーで良質なコンテンツを出していけば、仕事のオファーは舞い込む。広告が取れようが取れまいが発行し続けている。それによって得られるクライアント収益が柱になっているからだ。

 

「広告企画は、イベント設営からFacebookの管理まで何でもやります。もちろん地元である湘南にフォーカスして。村上水軍と同じように〝三浦水軍〟も有名だったようで、僕の祖先は落ち延びて海賊になったと言われています。そんな思い入れもあったので、湘南というキーワードで事業を展開しています」

 

NEKTONが立ち上がる経緯も、またおもしろい。

最初のきっかけは日本を襲った未曾有の震災――東日本大震災だ。

 

当時、藤沢では木津氏(木津潤平建築設計事務所)が発起人となって朝活をしていた。震災時に苦労して東京から歩いて帰ってきた人もいて、おのずと「通勤はリスク」というテーマが出てくる。

 

「もう遠隔で仕事ができる時代だし、電車が止まった時も家で仕事をしていたし、藤沢にそんな〝部室〟みたいな場所があるといいんじゃないかという話がありました」

 

そのころ三浦さんは、藤沢市がサポートするベンチャー企業育成の仕組み「湘南藤沢インキュベーションセンター」に入居していた。駅徒歩3〜4分、電気代も含めて家賃4万円と破格の条件でオフィスの間借りをしていたのだ。しかしそこは窓のない座敷牢のような空間で、4畳半ほどに男3人で詰めていた時期など、仕事をする環境とはほど遠い。当然外に出て「仕事ができる場所」を探すようになる。そして目の当たりにする、カフェの席取り。

 

「平日の朝10時とか11時くらいに行っても、結構人がいて、〝これはニーズがあるな〟と思いました。そのときに思い出されたのが先述の〝部室〟。そんな部室のような、〝みんなで使える共同のオフィス〟は、どうやら〝コワーキングスペース〟と言うらしいと知って、たまたまコワーキングスペースを四谷で運営していた人物――当時、慶應大学のイノベーションビレッジのインキュベーションマネージャーを務めていた世良氏――に〝コワーキングスペースを立ち上げたい〟と相談しました」

 

「僕の企画に世良さんも賛同してくれて、木津さんには当時のコンセプトを共有している仲間として設計をお願いすることに。キーパーソンが揃い、三位一体でNEKTONができ上がったわけです。
コワーキングはまだあまり認知されていなかったので、一般の人にも知ってもらうためにカフェを併設して〝喫茶店みたいにコーヒーが飲める〟場としました」

 

ラッキーなことに、テナントビルの上下排水のインフラが整っていた。これを活かさない手はない。フリーペーパーの営業で飲食店の右腕として働く人たちに接する機会もあり、インキュベーションキッチンやチャレンジキッチンとして、彼らが〝独立する前に試せる場〟の提供も始めることにした。人件費を抑えるために、キッチンを使うシェフにはスタッフも兼務してもらった。こうして2015年、NEKTON FUJISAWA(南口店)は始動した。

 

「迷ったり悩んだりすると自分がやれることをカードに書き出すという僕なりのメソッドがあるんです。大貧民や大富豪のように、カードの配列によって、すごく〝使える〟ようになったり、全然使えないカードも条件が揃うと出せるようになったりします」

 

やり方は至極シンプルだ。どこにでも売っているような単語帳カードに、「何ができるか」を書き出す。そして「さあ、この組み合わせで何ができるんだ?」と考えるわけだ。

 

「フリーペーパーのときもそうだったんです。自転車で走り回って、取材した内容を文章に起こして、写真を撮って、パソコンでイラストレーターなどのソフトを使って、印刷データを作って、印刷して配る、というカードがうまく並びました。こうして思いついたのが、実はフリーペーパーだった。
NEKTONの時も僕が体感している手応えもカードに書き出して、組み合わせたら、〝居心地のいい、美味しい食事がある、シェアするリビングルーム〟という構想ができました」

 

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