僕はコーチングを学び、実践している過程で、自分がコーチとしてクライアントに関わるだけではなく、逆にコーチングを受ける機会や、マスタフルなコーチや友人から、コーチング的なかかわりを受ける機会もとても多い。そんなとき、はたと自分の内面だったり本性に気がついて、驚いたり動揺することがよくある。

 

それを見過ごすことももちろん可能なんだけど、ただ、プロフェッショナルコーチとして人に関わっていく以上、自分だけを置き去りにするわけにはいかない。だから、勇気をもって、その発見に向かい合って、受け止めて、痛みを感じながらも行動に移すようにしている。

 

そして、それがコーチとしての自分の成長につながるだけでなく、本当の自分を知ることにつながる事を知っている。

 

「海賊ライフ」を提唱しながら、自由を謳う海賊を増やすと言う僕自身が、ちゃんと自由を謳歌できているのか? 

 

そう、意外とそうでもないこともあって、毎日反省している。キャプテンたる僕が、ここで日和るわけにはいかん!

 

だから毎日一人で、時折コーチングなどを通じて助けをもらいながら、痛い痛い研鑽を毎日毎日続けているんだ。

 

特に、幼少期の体験からくる身体に染み付いてしまった習慣は、全く気が付かなくて衝撃を受けた。NLPの学びにもステムビリーフ(根幹にこびりついてしまった思い込み)というのがあり、それが形成されるのは、中学生以前の幼少体験だと言われている。

 

とてもプライベートな話で恐縮だけど、今日は僕の幼少期から貼り付いている思い込みについて紹介したい。そして、このコラムを読んでくれた方が、自分の幼少体験からなにか気づくものがあればいいなと思う。

 

前から薄々感づいていたけど、最近確信をもって気がついた僕の幼少期からの習慣、思い込みは、「他人の期待に応えることはあたりまえ」というもの。

 

思い込みの形成

(幼少期)
小さい頃から母親そして祖母から異常なまでに期待をされ、祖母からは、「お前は天才だ」「お前は総理大臣になる」と言われ、母からは「勉強しろ」「勉強しないと大変なことになる」と言われ、幼いながら、それに応えざるを得ない環境にいた。

 

ちゃんとしなきゃ」という思いから、僕は人の顔色を見て生きてきたようだ。誰かに叱られないように……それだけ。本当に臆病で、人からなにか言われるのが怖かった。

 

このころから僕本来の「心」を完全に閉ざしていったのだと思う。

 

人に嫌われたくなくて、なにか言われるのが怖くて、「期待」に応えるために、必死に頑張る人生が始まった。

 

でも、頑張ったら勉強が人一倍できちゃった。勉強なんてやりたくない、本当は友達と一緒に遊びたかった。いやいや塾に通うんだけど、そこで勉強が人一倍できちゃった。だからそれでいいと思った。正しいと思った。母親も喜んだし、みんな喜んだーー優秀な子だねと。

 

(中学校)
受験には見事合格して、国立の素晴らしい中学に入ることになった。
でも、いじめにあった。嫌な勉強を死ぬほど頑張って入ったのに。ほんとうに嫌だった。
でも、それを親に知られると大変だから、誰にも言わなかった。自分でものすごく強い心をもってなんとかやり過ごした。
中学で自分の心を殺して生きのびるための強さを身につけたのかな。一人でやるしかないって。一人で戦って、なんとかしのいだ。辛い辛い3年間を。

 

思い込みからの解放

 

(高校〜大学)
一人で強く頑張ったからか、高校に進学したらいじめはなくなった。というか、いじめられないように剣道を頑張った。レギュラーをとって、彼女もできた。やっと自信がついたな。
いい友達もできて、順調に過ごした。
優秀な高校だったから、親からの過度の期待もなく、楽だった。大学にもまぐれで現役合格、ウインドもやったりして、楽しい学生生活! この時代はのびのびと過ごせたな〜

 

(社会人)
ラッキーにも住商に入った。ほぼ何も考えていなかったけど。自由だった僕に、大人のやることはよくわからなかった。仕事の楽しみもよくわかってなかった。でも、このあたりはまだ自由だったな……。

 

やっと仕事も面白くなってきて、台湾〜中国へ自由に飛び回った。楽しかった。そして、僕はガンガンガンガン働きたくなった。
同じ頃、結婚して家族も築いた。そこから、またいろいろな課題が降ってくるようになる。

 

ステムビリーフの再来

 

折角「期待に答えなきゃ」という思い込みから解放されていたのに、仕事や家庭の環境が変わってきたこともあって、ここからまた徐々に期待に応えることに縛られる人生が始まることになる。
「仕事のできる優秀な人」「さすがしっかり稼ぐよね」「幸せな家庭ですね」……みたいな。

 

これをしっかりやりなさいという会社内外の周囲からの無言のプレッシャー。

 

周囲の人はそんなつもりじゃなかっただろうけど、幼少期から期待されるとやらなきゃならん……とプログラムされた僕の身体は、とにかく周りの期待に応えようと知らずしらずのうちに反応して頑張っちゃうんだな。だから、僕の無意識にプレッシャーとしてのしかかってきていた。

 

そして、僕はその「期待」に応えるために、またまた頑張り始めた。
また、幼少期のように自分を殺して、一人で頑張り始めたんだ。
中学時代と同様に、「一人で」頑張り、「期待に」応える人生の再開だ。

 

望んだわけじゃなくて、身体が勝手にそう動き出す

 

そして、ありがたくないことに、僕の身体はとっても良く出来ていて、そこそこの仕事がちゃんとできちゃって、そこそこの社会的地位を得てしまったりする。

 

そうなると、最悪だ。

 

過去に勉強ができちゃったのと一緒で、それが最良の人生であると勝手に頭が判断する。身体や深層意識は、「痛み」「プレッシャー」を受けているはずなのに、それを完璧に無視出来る思考回路を身につける。まさに、一人で戦うためのマシンが出来上がるわけだ。

 

外から見たら、とっても優秀で幸せな人。

 

でも、実は、ジャック・スパロウのようにいい加減で、だらしのない、こころの優しい臆病者

 

このギャップを抱えつつ、本当の自分をすっかり忘れてしまった僕は、「外から見た」自分像を完璧に演じ、それを信じてしまうようになる。

 

僕の場合は、優秀で、仕事ができて、親分肌で、パワフルで、素敵な家庭があって……という感じ。

 

でも実際は、

 

意外と臆病だから本当に助けてくれる仲間もほしいし、仕事が好きじゃなかったり、単純に人に優しいおじさんだったり、きれいごとだけじゃなかったりするわけさ。

 

こんなことに気がついちゃうと、大変だ。本来の自分が自分らしく生きようとすると、過去の資産、仮面をぶん投げなきゃならん。

 

最近は、そんなチャレンジをしている。

 

例えば、

* 自分が行きたくない、やりたくないときは、その予定の変更に躊躇しない
* 他人の顔色を窺わない・他人にサービスをしない。でも、本当に愛をもって関わる
* 自分だけでやらない・しんどいときは弱音を吐く・人に助けを求める
* 逆に、弱さを利用して近寄ってくる他人のコントロールに敏感になる
* 先のことは考えないで、そのときにやりたいことを思いっきりやる。計画しない。

 

そんなことを日々意識している。

 

以前紹介したエマソンの自己信頼や、パールズのゲシュタルトの祈りには、やはり同じことが貫かれているように思う。

 

それは、「他人が何を言おうが、何が起きようが、お前が本当に心の底から信じることをやり通せ」ということ。

 

海賊ライフを謳うキャプテンとして、ここは僕も譲らない。

 

日々研鑽!! あー痛い痛い。 でも、それを一つ一つ乗り越えるたびに、ものすごい力が湧いてくる感じがするな〜

 

だから、「他人のため」じゃなくて、本当に「自分のため」に生きようぜ!

 

また機会があれば、個別の痛み、それをどう乗り越えたかについても紹介するね。

 

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