「小さな決断を積み重ねていくことで、大きな決断ができる。前提は自立。個々が立っていないと発言できませんから」

水柿大地(みずかき・だいち)さん
「いや、もう予想外です。僕東京で公務員やっているはずでしたから」と、開口一番おだやかに笑うのは、水柿大地(みずかき・だいち)さん。初代「地域おこし協力隊」の一人だ。21歳のときに、初めて上山集楽へ来た。そしてこの春、29歳になった。上山で活動して、はや8年。若いのに古株だ。協力隊で来た、あのとき、1年で東京へ帰っていれば……いまの彼はないだろう。上山に青春のすべてを捧げた20代を振り返っていただきながら、ほんの少し先に見えている30代の抱負も訊いた。

大学3年の春、それが水柿大地(みずかき・だいち)さんの人生の最大の転機となった。それまでは、バンドとバイトに明け暮れ、ベースを弾いて新宿のライブハウスにいる日もあれば、福祉サークルで一人暮らしの高齢者の方とお茶会をする日もある、どこにでもいる大学生だった。就職活動を目前に控え、自己分析を試みた。本来の目的に立ち戻ろうと思ったからだ。専攻は福祉学部。町作りを学んでいたが、現場を知らなかった。「このまま卒業するのは危険だ。現場に出よう!」と思い、大学を休学。休学の決意はしたものの、なかなか「現場」が見つからない。そこで恩師のアドバイスを受け、「地域おこし協力隊」の一員として上山集楽へ赴いた。

 

「地方の現状は課題が盛りだくさんと言われているので、最初は〝なんとかしなきゃ〟という意識でした。
協力隊は今では全国で5〜6,000人くらいいますが、当時はまだ200人ほど。制度が始まって2年目、農村で募集しているのは上山くらいでした。
任期は3年ですが1年毎に更新なので、1年で帰るつもりで大学を休学しました。現場を見て、半分公務員のような立場になるので、それを活かして就職しようと思っていたんです」

 

なんと、結果的に消去法で選んだのが上山だった。家族8人の実家暮らしから一転、知らない土地での一人暮らし。そして上山に来て、カッチさんに出会う。ファーストコンタクトは、待ち合わせ場所にパジェロで乗りつけてきて、ドアが開き、開口一番「まいど」。まさに未知との遭遇だ。

 

「カッチは協力隊同期です。俺が迎えに行くからっていうメールが来て、顔を知らないし、どんな人かも知りませんでした。いや……、強烈でしたね。衝撃でした(笑)」

 

そして現場に来て見えたこと――「なんとかしなきゃ!」と思って来たのに、そこで目にしたのは地域の暮らしの豊かさだった。

 

「僕は東京のあきる野市の生まれです。なので、普段は消費の生活じゃないですか? 上山にいると当たり前にみんな生産しているんです。じいちゃん、ばあちゃんも、季節を通して何かを作っています。生産活動と消費のバランスをうまく作り上げているんです。やっぱり1次産業の生産は強いと実感しました」

 

上山では、じいちゃんばあちゃんは消費もすれば生産もする、ハイブリッドな生活をしていた。当然スペースはあって、人との物理的な距離はあるが、便利なものを取り入れる(買う)ことはできる。インフラの面も含め、現代の便利さが享受できる、まさに「いまの時代の田舎」だった。

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