「都会ともフットワーク軽くつながって、田舎で閉じない。50年先も−−たぶん、おもしろいことをやっているんでしょうね」

三宅康太(みやけ・こうた)さん
梅雨の雨がそぼ降る日、上山集楽では本格的な田んぼの作業に入った。田んぼの作業と並行して、大芦高原キャンプ場の運営を一手に担うのは、三宅康太(みやけ・こうた)さんーー24歳、最年少の移住者だ。キャンプ場の再建は、従来の2倍の集客をするほど成果も出てきた。ご自身は「知識だけじゃなくて、手も体も動かしてみて、入ってくる情報を自分のものにしたい」とさらに意欲的だ。移住して1年半、そして社会人として3年目の今年、三宅さんは何を見て、何を感じ、何を目指していくのか。

上山集落をぐるぐると車で頂上へ向かうと、標高の高い大芦地区に、そのキャンプ場はあった。管理事務所は、太陽の光がたっぷりと入る開放的な空間だ。大芦高原キャンプ場は、つい1年ほど前まで休業していたとは思えないほど、人の手と気持ちが行き届いていた。事務所の前で薪割りをしていた三宅康太(みやけ・こうた)さんが運営している。そんな三宅さんも、ほんの1年半前は入社したばかりの新社会人だったという。

 

「16年に卒業して、証券会社に入社しました。最初に上山に来たのが、その年の7月30日なんです。翌日はひさみんの誕生日だったんですけど、2日間ここに滞在させてもらって、〝ここに来られるものなら来たい〟と思って、8月1日に上司に辞めますと話しをして、9月頭に移住しました」

 

ほぼ即決。決断にかかった時間は、なんと2日だった。なぜ、そんな決断ができたのだろう?

 

「就活前からずっと頭から離れなかったことがありました。実際自分が働くようになって、いろいろと違和感を感じて、〝抱えている違和感をどうやったら正せるのか?〟と考えたり模索したりするなかで、〝地域おこし〟や〝田舎暮らし〟がキーワードとして引っかかってきました。どんどん調べていくうちに〝上山集楽〟という存在を知り、地元が岡山市内なので、近いし一度行ってみようと思って来たわけです」

 

三宅さんの抱える「違和感」とはなんだったのか?

 

「小さい頃から変なところに疑問を持っていて〝なんで高校に行かないといけないんだ?〟とか〝なんで大学に行かないといけないんだ?〟ということを親ともずっと話してきました。結局大学には行かせてもらったんですが、大学のゼミで恩師に自分の違和感をぶつけたとき、〝なぜそうなるのかをしっかり考えなさい〟と言う先生で、それも相まってさらに考えるようになりました」

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