「ここに木工所を建てるっていう発想はないでしょう。チャンスが転がり過ぎていて、もう、棚ボタ過ぎます。今ここに乗らないと!」

小磯 香(こいそ・かおり)さん
ゴールデンウィーク明け、上山集楽は生にんにくの出荷に大忙しだった。皮をむくとプリプリとした美しい粒が顔を出す。この時期にしか味わえない醍醐味。毎年リピーターが増え、たちまち売切の人気商品だ。それを手塩にかけて作っている一人が、小磯香(こいそ・かおり)さんだ。無農薬、無化学肥料にこだわっているので、さぞかしヘルシー志向かと思いきや「わたし、ジロリアン(ラーメン二郎愛好家)なんですよぉ」とウフフと笑う。そんな彼女の「おもしろい田舎を作っていく」という心意気を訊いた。

小磯 香(こいそ・かおり)さんはもともと父方のご実家が千葉の野田市で、幼少の頃に小川を跳んで渡ったり畑で収穫をしたり、田舎で過ごすのは楽しかったという原体験がある。ご自身はずっと都会住まいだったが、23歳の時に奈良県の大和高田市へ転勤し、20代を過ごす。世界遺産になった吉野の山がある紀伊半島のど真ん中、四季折々を肌で感じて過ごした。ますます田舎で暮らすことに、気持ちが傾いていった。

 

「ずっと奈良に住みながら仕事をしようと思ったんです。なので、一つ目の会社を辞めた後に〝次どうしたいかな?〟と考えて、手に職じゃないですけど、将来的に自分で作った家具や雑貨を置いて、人が集まるようなお店ができたら最高だなって思ったんです。そのときは家具職人になろうと思っていました。家から30分くらいのところに学校があって、転職する前に1年間、木工の学校に通いました」

 

職業訓練校なので失業保険をもらいながら通える。中学を卒業したばかりの男子から定年間近の初老の人まで、同級生には幅広い年代の生徒がいた。無垢材を自分で削って加工して家具を作る、本格的な高等技術専門校だった。そして卒業を間際に控え、いよいよ家具職人への一歩を踏み出そうとした矢先、いろんな先輩職人に話を聞いたり、就職の相談をしているうちに、現実を目の当たりにする。

 

「手取りが10万くらいだったり、〝社会保険なんてうちは入れないよ〟だったりして、今までの自分の価値観の中からあまりにもかけ離れていたんです。先生には〝別に今すぐやらなくてもいいんじゃないか? タニマチを見つけてからでもいいし一度社会に出て、少し自分で経済力をつけてからやってもいい〟というアドバイスをいただいて、じゃあ、もう一度社会に出ようかと決めました。就職率がKPIなので本来ならそんなことは言わないんですけど、いまもFacebookでつながっている信頼できる先生です」

 

現に同級生ですぐに家具職人として独り立ちしたのは、早期退職して退職金という資金を得ている人や、家族の経済的なサポートがあってサイドビジネスのような形で始める人、実家暮らしといった生活を担保された人たちだった。手に職をつけてもすぐに食べていけるわけではない。作り手、生産者としての壁にぶち当たる。そこで、家具職人をいったん脇に置いて転職した会社は、アパレル事業を立ち上げたばかりだった。

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