そして翌年、1度目の休学。もともとバックパッカーで放浪するのが好きだったが、ちゃんと時間をとって長めの海外滞在がしてみたい。このころミャンマーは経済的にも注目度を高め、日本のニュースでもよく目にするようになっていた。「やっぱりもう1度ミャンマーに行きたい」。ドラスティックに変わっていくミャンマーに行き先を決めた。

 

2度目のミャンマーでは、現地でずっと民主化運動をしていた同世代のメンバーと行動を共にする。驚いたことに、一部のエリートだけでなく多くの人がスマートフォンを持つようになっていた。SNSやメールで政府批判も普通にできるようになっている。ラジオやテレビも民放がどんどん始まっていて、車を走らせながらラジオをかけると民主主義や自由を讃える歌が流れていた。

 

「1年前には絶対ありえなかったことです。民主化という形で社会制度が変わり、スマホやSNSといったテクノロジーも変わり、それを使いながら生活する人々の価値観も大きく変わっていくのを感じました。制度とテクノロジーと人の価値観の3つがごちゃ混ぜになりながら変化していく様子がすごくおもしろくて。
でも一方で、突然の開国は、国際的な自由主義経済の競争にミャンマーの人々がさらされていくことも意味していました。銅山開発の公害被害者や、工業地帯の建設のために立ち退きを強いられる農家の方と話して、生活をより良くするための開発プロジェクトと、そこに暮らす人々との間で生まれる対立の難しさを知りました。
ナイーブな言い方ですが、〝人々の生活をより良くしようとしている人たちがいて、自分たちもより良くなろうとしている人たちがいるのに、どうして上手くいかないんだろう? どうすれば上手くいくんだろう?〟という強い疑問が残ったんです」

 

その疑問を胸に、須田さんは大学院に進学。〝政府主導の開発プロジェクトや企業のサービスデザインを進めるとき、どうすれば市井の人々の価値観に配慮し、彼らが自分ごととして取り組める施策になるのか〟という問題に取り組むべく、開発人類学を専攻した。しかし、修士2年に進む春、須田さんは2度目の休学をする。途上国で国際機関が主導する開発プロジェクトについてよりも、日本を含む先進国の科学技術イノベーションに関心が移り始めていたからだ。

 

「今おもしろいと感じることを突き詰めてみたい。とりあえず休学してみるか」

 

自動運転にまつわるWebメディアのオファーがあったのはこのころだ。2年間の休学を決め、学部生時代からアルバイトで関わっていたメディアの世界に飛び込んだ。

 

編集長として自動運転について調べるうちに、自動運転が今の自動車の延長としてしか語られないことに疑問を抱くようになった。自動運転を効果的に使えば、必要なときだけ呼び出せるゲストルームや、走る弁当屋のような、多様な移動ニーズに即した移動サービスが提供できる。産学官連携のワークショップなどを企画し、人の移動ニーズを掘り下げたことで、〝今ある自動車の自動運転化〟にとらわれないモビリティサービスの可能性が見えてきた。
「インターネットがそうだったように、自動運転も時代を通して変化する価値観のメルクマールになる」と須田さんは言う。

 

「インターネット以前と今とで、働き方やプライベートに関する価値観が大きく異なるように、『自動運転以前』の今と『自動運転以後』の未来とでは、わたしたちの生活や仕事観、居住観は大きく異なると思います。これからは実際にそういった移動サービスを提供する側になって、人の価値観の変化にアプローチしていきたいと思っています」

最新記事をメールで購読しよう!

メールアドレスをご記入いただけると、最新情報をメールでお知らせします

海賊ライフのFacebookをフォローしてワクワクする毎日を過ごそう!

按讚給海盜人生FB,過很快樂的日子吧!

Twitterでも楽しいニュースが届くよ!