最近、トイレ掃除の話がニュースになっていた。ホッピーの採用ページが物議をかもしていたみたいだけど、僕は以下の3つの点で誤解を生んでいると思う。

  1. 素手って必須なのかどうか?
  2. 強制されるものなのかどうか?
  3. 宗教のようにそれを信じている会社なのかどうか?

 

トイレ掃除をそれも素手で……というのは鍵山さんが提唱して世界中に広げている概念だし、僕も台湾で合弁先だった統一超商がイエローハットとJVを持っていた関係もあって、台湾の小学校のトイレを素手で掃除した経験がある。

 

ご丁寧にも、日本のトイレ掃除のエキスパートたちが台湾人を指導にやって来た。まず校庭に全員集合、掃除団体代表の面々の挨拶と、いかに掃除が素晴らしいかというありがたいお話を延々と聞かされた。その後、1チーム(10人程)に一人コーチ役がついて、いかに効率よくトイレをキレイにすべきかを指導された。正直、「なんじゃこりゃ」だよね。

 

こっちは違和感満載なんだけど、作業中も「いやいや、ここはこうやるんですよ!」と割って入ってきて、ありがたいご指導を受ける。掃除の素晴らしさを「信じ切った眼」で接してくるので、ちょっと引く。なにか宗教でも信じているかのようなオーラを発し、布教活動のようなムードもあった。当の台湾人も、その理念に共感する人、しない人が入り混じっていたと思う。

心が磨かれるとまでは言わないけど、掃除ってやりだすと、意外とハマる

とはいえ、トイレ掃除をすることは否定しないよ。たしかに、一番汚いトイレをキレイに掃除すると、本当にスッキリするし、自分もキレイに使いたくなるもんね。心が磨かれるとまでは言わないけど、掃除ってこまめにちゃんとやりだすと、意外とハマる。こんなだらしない海賊の僕が言うんだからホント!

ただ、それを「素手で」とか、人を縛るようなルールでやらせるっていうのはどうも解せない。もっと好きにやればいいじゃん。

 

冒頭の鍵山さんは「自ら率先して」やっていただけだし、なにも部下に強制なんてしていない。ホッピーは社長も「自ら一緒に」やっていた。たしかに食品会社だから不衛生っていうのもわからなくはないけど、いまどきゴム手袋だって安く手に入るのに、わざわざ「素手」にこだわる必要がどこまであるのかな。自主的にやるっていう出発点があるなら、それでいいじゃん。好きにすれば。型にこだわって強制されるなら、「やりたい人だけ」やればいい。そして、やらない人は責めない。

自主的にやるという出発点があるなら、好きにすればいい

たとえば、野球だってバットを振るときにグローブなしのほうが感覚が鋭いとか、素手の感覚にこだわりがある人もいるけど、結局いまではグローブをはめることで昔よりホームランを量産してたりするわけだよ。こんな〝感覚的〟なことを強制するのは昔の精神論の名残なんじゃないかなー。いま風に言うなら、「グローブをはめてもいいよ」「興味があるなら素手でやってみたら? いいかもよ」くらいがちょうどいい。

 

こんなニュースを見た時に、自分の価値観が問われるよね。日常でも、無茶な押し付けにははっきり「NO!」って言いたいし。海賊としては、そこはブレずにね

 

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