僕は普段あまりテレビを観ないほうだが、NHKのドキュメンタリー番組『欲望の経済史』は好きで、興味深く観ている。先日の放送を観ていて、豊かさについて考えてみた。

セドラチェクは言う。「過労死。(中略)世界で最も裕福な国の一つ、ニッポンでなぜこれが起きる? おそらく、人は成長しなければならない、経済は成長しなければならないという奇妙な考えに起因している。 (中略)もっと別の成長をすればいい。芸術、友情、精神面などでね。人類が成長すべき分野は他にたくさんある。(中略)そうした豊かさよりも、働くことが優先されているとすれば、とても残念なことだ」

 

「死ぬほど働く」ってどういうことだろう。ニュースでも過労死やブラック企業が取り上げられているが、「働いて死ぬ」ことでは決してないよね。

働かなければならないという脳の司令が強固なときは、体が悲鳴をあげていたとしも、働き続けることができる。同じ原理で、脳がビルの屋上から飛んで死ねと指示すれば自殺できるわけで、人間は頭脳が本来守るべき命を捨てさせるという、動物としては極めてレアな司令を出すことができる生き物だ。

 

僕も経験していることだが、死ぬほど働くというのは、良い意味では狂ったように夢中になっていて、他人から見たらアイツ大丈夫かよ? 死んじゃうんじゃないか? と思われるほど働くということだ。でも本人はたぶん、ケロッとしてる。短い一定期間なら続けられるだろうが、長くは無理だ。本当にパンクしちゃうからね。僕は二度ぶっ倒れた。

 

昔ながらのサラリーマンは、働くことでしか成長できないと思っていた人種の典型例じゃないだろうか。高度成長期の日本人は、「働いていない」と世間体が悪く、後ろ指をさされていたはずだ。そういう意味では、「働かなきゃ!」というのが普通の日本人の感覚だっただろうし、実際に誰よりも多く働いて酒を飲めば出世につながった人も多かっただろう。そして、それは現在へと引き継がれてきた遺産なのだろう。

「働かなきゃ!」というのが普通の日本人の感覚だっただろう

 

ところが、そんな時代に生きた例外は意外と身近にいたーー僕の親父だ。医者だった祖父の影響もあってか、医師を志して東大医学部に入学して学年トップだったのに、人の体を触るのが嫌だからとあっさり医者のキャリアを捨てて化学専攻に移ったらしい。そこまでの頭を持っているくせにフツーのサラリーマンになって、毎日定時退社して帰ってきて、NHKの7時のニュースを観ていた。あの頃はよくわからなかったが、当時のサラリーマンで毎晩7時に家に帰り、無理に偉くなろうともせずにマイペースを貫いていたのは相当レアだ。今思えば、自分の心の声をちゃんと聴いて、その声に従って過ごしていたんだな。なんせ、辞世のことばは「みなさん好きなように過ごしてください」だったから。いまさらながら、親父はすごかったと認識した。かれは一見普通のサラリーマンだったが、確実に海賊だった。

 

実は、そんな親父が僕は嫌いで、中学校のころから他界する数年前までは、ほとんど口をきかないくらいだった。子供にも歯に衣着せぬ論調で挑んでくるような親父だったし、毎晩7時に家にいるなんて、だらだらしているようにしか見えなかったのだ。もしかすると、その反発心が僕が死ぬほど働く原動力になっていたのか⁇ よくわからない。

 

ひとつだけ確かなのは、結局この親父の海賊的要素を僕はしっかり受け継いでいるということだ。そして、50歳で会社を辞めたからこそ、親父の最期の1年にしっかり寄り添うことができた。

 

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