いまこのColumnを読んでくれているあなたは、ラッキーだ。なぜなら、今回は人間にとって最も重要なリソースについて書こうと思ったから。

 

先日ひさしぶりにコーチングを受けた(したのではなく、受けた)。そのとき「時間はすべての根源である」と、ふと自分の口からついて出た。あらためて向き合ってみて、自分の言葉に自分で響いた。たぶん、こんなことは初めてだ。

コーチングの最中に「僕にとって過去とか未来はどんなものだっけ?」という話が発端となって、僕には「過去」「現在」「未来」と一直線に流れるような時間の感覚がないことに気づいた。「過去」はすでにはるか遠くに飛んで行って見えなくなっているし、カレンダーの予定は見えるけど、「未来」は自分がどんな状態でどうなっているかなんて想像すらできない。毎日決まってやるルーチンがあるわけでもないし、毎日、貴重な時間をどこにどんなふうに使うか決めて、それだけに集中している。つまり過去は振り返らない、というかすぐに忘れてしまう。未来はその瞬間になったら決めていく、というか自分が選択していく延長線上にしかないのだ。

 

未来は自分が選択していく延長線上にある

 

自縄自縛という言葉がある。文字通り自分の言動や振る舞いに縛られて身動きができなくなることだ。過去ーーたとえそれが昨日であったとしてもーーの自分の言葉に縛られるなどありえない。僕にとっては未来も自分を縛るもので、「こうしたい」と思った瞬間にそれに縛られてしまう。事実、日々は「いま」という瞬間に「どう思ったか」が凝縮されているわけだし、そのとき「こうなりたい!」と思ったらそれがすべて。計画して心をコントロールするものでもない。

 

たとえば、「先々のことを考えておかないと不安になる」「10年後のことは将来設計しておきたい」なんてよく聞く話だろう? 将来的な見通しを持つことに否定はしないが、未来に固執すればするほど未知への恐怖心が芽生える。それは不安という種が芽吹いた妄想にすぎないのに。また、なにをしたいのか? という本質を置き去りにして、なにをしたら「最善」なのかという罠に陥ってしまう。

 

不安という種が芽吹いた妄想にすぎない

 

僕にとって時間というのは流れではなく、「この瞬間」のリソースのように扱っていることにも気がついた。時間は誰にとっても平等に有限だし、増やすこともできない。世界一貧しい大統領と言われたウルグアイのムヒカさんも、「人生は一度きりで瞬く間に過ぎていきます。人間としての時間をどう使うべきか。人生は時計のようなものです。ぜんまいがやがて止まります。だから何に時間を使うべきか一人一人が自分に問いかけるべきなのです」と訴えている。実際に監獄にいた時間が長い人だけに、重い言葉だ。

 

時間の使い方によって、海賊ライフの両輪とも言える「精神的自由」と「経済的自由」が決まる。「精神的自由」を得たければ、過去や未来に縛られてはならない。「経済的自由」を得たければ、効率的に時間を活用しなければ稼ぎは悪くなる。だから、もう一度言う。時間の自由を確保することがすべての根源なのだ。ぜひ、心にとめてほしい。そして、いまこのColumnを読んでくれたあなたの時間が無意識のうちに「消費」されないことを願う。

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